竹島英幸さん 50歳
高次脳機能障害
CBD 40mg/day
CBN 50mg/day
使用歴 1年8ヶ月
Q:お姉さまにお話しを伺います。弟さんのご病気や症状について教えて頂けますか?
【交通事故に遭う】
2010年5月30日早朝、土木関係の仕事で道路の測量をしているところに車が突っ込んできて交通事故に遭いました。
大学病院救命救急センターに運ばれて緊急手術をして命は取り留めたものの意識が戻らず植物人間のような状態が約8ヶ月続きました。脳の半分は死んでしまっていましたが、幸いなことに心臓や自力呼吸に関する臓器(内臓)を動かす脳の損傷がほとんどなかったので酸素の管を装着することなく大学病院ではICUに2週間、そして近くの病院に移りその後は一般病棟で過ごしました。
事故に遭ってしばらくは痛みからか反射的に体がバタバタ動いたり、勝手に体が動き出し暴れるといった状態になるので、刺している点滴の針が危ないということで縛られていた時期がありました。それが少しずつ落ち着いてきたと感じた頃には全然動かない植物人間状態で目も開けずに真っ直ぐに寝かされたまま胃ろうで栄養摂取しながら8ヶ月過ごしました。薬を飲んでいるわけでもないのに意識がない状態で寝たまま動くことはありませんでした。
【植物状態から8ヶ月】
事故から8ヶ月後にやっと目が開きました。目は開きましたが、瞬きが出来ない状態でした。お医者さんからは「目が開いたのでこれから少しずつ意識が戻ってくるのではないか、動かしたりできるんじゃないか」と言われてリハビリを始めました。
【リハビリ開始】
普通は脳からの、指を動かす、瞬きをする、言葉を発するなどの信号が各部に届いて動作という形になりますが、弟はその信号が出ない状態でした。お医者さんが「逆の方向から刺激を与えましょう」と仰って、誰かが手を動かして、そこで起きた信号を脳に送るというリハビリの仕方があるようで、そのようなリハビリをしているとやがて瞬きができるようになりました。
ただこの時はまだこちらからの言葉かけに反応がない生まれたばかりの赤ちゃんのように、、、いえ、赤ちゃんは自分から泣きますが、赤ちゃん以下の状態のところから赤ちゃんを育てるようなつもりで毎日リハビリを繰り返しました。
【事故から6年後】
立って歩くことができずトイレに移動しての排泄が難しかったため終日オムツをしていました。自分から言葉を発することはできませんでしたが、こちらからの問いかけには「はい」「いいえ」で答えられるまでなりました。また、物を噛んで飲み込むこともできるようになりました。事故から6年が経過し、やっと車椅子に座ることができるようになり退院しました。
Q:退院された時、弟さんは事故当時の記憶はありましたか?
高次脳機能障害のため、事故に遭う前の記憶は残っていますが、事故に遭ってから新しく記憶することが出来ません。事故に遭う前に会っていた私たち家族や会社の人たちはちゃんと分かりますし、自分が勉強していきたことや仕事してきたことは覚えています。しかし、まるで認知症の症状かのように昼食を食べたことを忘れて食べてないと言ったり、外に出ると自分がどこにいるか、どの道を辿ってきたのか分からない、覚えられない、その結果徘徊のような状態になります。
Q:退院してからのご様子について教えて頂けますか?
2016年に退院してからは病院に通うことはほとんどなく、病院から紹介して頂いた整骨院に通いました。手の指の一部が動きづらい部分があるのでその治療やリハビリをしながら、家では家族とトイレの訓練をするというのを繰り返していると入院していた頃と比べると何らかの刺激があったようで歩行器無しで歩けるようになったり、排泄も自分でできるようになり、基本的な生活ができるようになりました。2年程経過した頃には見た目は普通の人になっていました。
身体的な部分が回復し基本的な日常生活が送れるようになり、見た目は普通の人に見えるのですが、【記憶ができない】ことに加え、【自発的な行動がない】【感情のコントロールができない】この3つの症状ができないこととして残りました。
【記憶ができない】
全く記憶ができないわけではなく、同じことを何十回、何百回と繰り返すと少しずつできるようにはなっていくのですが、記憶が急にポーンと飛んでしまうことがあります。
【自発的な行動がない】
トイレは自分で出来るようになったものの、例えば私から「お茶飲む?」と聞くと、「あ、じゃぁ…お茶ください」といった感じです。テレビの前に座っているとずっと座ったままなんです。ぼーっと。こちらから「散歩に行こうか?買い物に行こうか?」と聞くと付いてきますが、自分で「〇〇が食べたいからこれが欲しい」とか「こういう服が着たい」とかは全くありませんでした。
【感情のコントロールができない】
急に暴れ出す、大声を出す、物を投げる、怒りの衝動を抑えられない、という症状です。おそらく脳の障害によるものだと思います。病院で出来る治療もなく薬の処方もありません。病院には年に1度、障害者手帳の更新手続きで行くくらいです。
暴れるきっかけやどこでスイッチが入るのかが分かりません。家族で楽しくテレビを見て笑っている時に急に暴れだしたり、家族が少しキツイ言葉で弟に声かけをした際にスイッチが入ったこともありましたが、こういう時に絶対に暴れる(感情のコントロールが出来なくなる)というのが掴めないので身長183cmの弟が家で暴れるとその場にいる家族はさーっと部屋から避難するしかありません。
高次脳機能障害にもいろんな症状の出方があるようですが、弟の場合はこのような症状が顕著でした。
Q:CBDにたどり着いたきっかけについて教えて頂けますか?
偶然、私の仕事関係の方から「アメリカで医療大麻というのがあって、日本でもこの2〜3年のうちには法律が変わって使えるようになるから、そういう関係のビジネスをやってみないか」という話を頂きました。医療大麻というワードは聞いたことがありましたし、女優の高樹沙耶さんのこともニュースで知っていたので色々調べさせて頂きました。するとこれは良い物なんじゃないか、ということが分かり、ビジネスへと繋がり、CBDオイルのことを知りました。CBDが何か少しでも弟の症状に対して良い効果があればと思い、2022年7月からCBDを飲ませ始めました。
その頃CBDについてそんなに知識がなかったですし、正高先生のこともまだまだ全然知らず、量的にどのくらい飲んでもいいのかということも分かりませんでしたが、とりあえず市販品のCBDオイルの箱に書いてある量を飲ませていました。
Q:CBD摂取してから弟さんに変化はありましたか?
2022年7月にCBDを飲ませ始めてから暴れる回数が減り、性格が明るくなりました。少しずつ活発になり、ぼーとしている時間がどんどん少なくなっていったという印象です。
2023年5月に正高先生に初めてお会いして、この内容を話すと「ヒス(ヒステリック)が止まったのはCBDのお陰だね、いい物に出会えて本当に良かったですね」と仰ってくださいました。その頃には弟が暴れたりすることはほとんど無くなりました。
以前は週に4〜5回は感情のコントロールが出来ず暴れていた弟が、CBDを飲んでから暴れなくなり、驚きました。
今まで同じような障害のある方のご家族からいろんなサプリメントを勧められましたが、CBDを勧めてくださる方はいませんでした。風邪をひいて病院に行けば風邪薬をもらえますが、弟の障害に対しての薬は何もないんです。水素がいいと聞けば水素をやって、〇〇酸がいいと聞けば試して、と何十種類と試してきたのですが、これといって当たりはなかったですね。
Q:具体的な摂取量や頻度について教えて頂けますか?
当初は朝だけCBD40mg、夜は20〜30mgでした。
感情の起伏は治りましたが、記憶することをなんとかしたいと思い正高先生に相談し、2023年10月からCBNを飲ませてみることにしました。
現在、朝CBD40mg、夜寝る前にCBN50mgを服用しています。
記憶のほうはまだ変化はありませんが、自発性が出てくるようになりました。周りが見え出し、周りの人の行動が目に入るようになりました。
事故後から何故か弟の話す言葉が敬語になるのですが、「忙しそうですね」「お茶を入れましょうか?」「何か飲みますか?」と弟から話かけてくれるようになりました。
以前、作業所では暴れたりしていたのでお友達もいなくて嫌われていたみたいで、1人ポツンとしていることが多かったようです。しかし最近、作業所の方から「暴れることがなくなって、お友達や周りの方と仲良く接することができるようになりました。自分のすること以外の掃除などを自分からするようになりました。すごく気が利くんですよ」と言われるようになりました。
Q:弟さんに自発性が見られるようになったのはCBNを摂取してからでしょうか?
CBNを摂取する前から家族と「最近変わってきたね、お利口さんになってきたね」と話していていましたが、CBNを取り始めてから加速化したかな、という感じです。
Q:最近の弟さんのご様子、生活スタイルについてお聞かせください
福祉サービスは特に利用せずに過ごしています。普段は作業所に通っています。1人で公共交通機関のバスに乗って通うことができるようになりましたが、たまに作業所から「まだ着いていない」と連絡があるので、そんな時は携帯の位置情報で探したり、携帯自体を忘れて出かけてしまうことがあるので家族総出で市内を探しまくることもあります。
手は時々震えることもありますが、お箸を持ったり、折り紙をしたり、日常生活に困ることはありません。最近は自分から冗談じみたことを言うようにもなり、普通の会話ができるようになりました。
元々末っ子で、どちらかというと甘えん坊で、でもしっかりしている、優しくて穏やかな性格の弟でした。最近は事故前の性格に近づいてきたように思います。
Q:弟さんのことを詳細に教えて頂きありがとうございます。これまで弟さんを支えてこられたお姉さまやご家族について伺います。事故から6年間の入院生活、ご家族は毎日どのように過ごされていたのでしょうか?
病院でできるリハビリの時間は決められていてそれ以上のことが出来ないので、毎日家族が病院に通って、固まっている体を常に柔らかくストレッチしてほぐしてあげたり語りかけたり、本を読んであげたり、とにかく刺激を与えないと回復の見込みがなかったのでずっとそういうことをやっていました。
事故当時のことは正直あまり覚えていません。弟は頭から車のフロントガラスに突っ込んだので首から上が一番酷い状態で、頭蓋骨骨折、くも膜下出血、脳挫傷で顔が大きく腫れてパンパンになっていました。骨盤、足、肩の骨折がありました。そんな酷い状態の姿を見てこのまま死んでしまうのではないかと思いました。心臓は動いていて呼吸も自力でできていたので望みはあったものの脳の損傷が大きいのでどうなるか分からない中で毎日病院に通う日々でした。話しかけても反応はないし、時々体が痙攣するように急に動いたりしてどうなってしまうんだろうと思ったのは覚えています。反応はないけど話しかけたり、目が開いたら開いたままになって目が乾燥してしまうので瞬きするように瞼を動かす、そんなことを6年間繰り返していました。当時の動画や写真などは残していません。そんな余裕はありませんでした。
弟が事故に遭ってから現在に至るまで、主に弟の世話をしているのは両親(父母)です。その献身的な姿を見ていて特に母親って凄いなと思います。母がやっていることと全く同じレベルのことを私が弟にしてあげようか、となったときにやはりブレーキがかかってしまうんですよね。私には私の家族があるので全ての時間を弟のためには使えないという実情があります。でも母はそれをやっているんですよね。私は冷たい人間なのではないかと悩んだこともありました。
Q:貴重なお話、本当にありがとうございます。最後にこの体験談を読まれている方へのメッセージがありましたらぜひお聞かせください。
昨年、私のやっているCBDの会社がカリフォルニアにあって、畑があるので視察という形で行かせて頂きました。その際、正高先生に「このままCBDを飲んでいたら弟の記憶は戻るようになりますか?」と伺うと、正高先生は「CBDだけでは無理だね。カリフォルニアに行くんだったら見れるところは見ておいで」と仰ったんですね。カリフォルニアは大麻が法律で認められていて、実際に現地の人々がCBDにしてもマリファナにしても普通に生活に取り入れて使っている姿を目にしました。てんかん以外にも認知症や癌患者には、THCが入っていた方が、その人にとっては良い結果が出やすいというのを現地で見てきました。いつか日本もアメリカやヨーロッパのように医療用大麻がいろんな病気に使えるようになって欲しいと思います。
弟が、この十何年間、何を試しても回復しなかった事(自発性や感情のコントロール)がCBDとCBNで回復しました。もちろん皆が皆、同じような効果で出るとは言えませんが、同じようなことで悩んでいらっしゃる方もいると思うのでCBDやCBNを使って欲しいなと思います。私は多分、これからも弟と一生付き合っていかなければなりません。CBDを飲む前は、自発性がなく時に暴れたりする弟とこれからこの先何十年も一緒に生きていくことに希望を見出せず諦めていたところがありました。しかし症状が良くなってきている今、未来に希望が見えてきました。
高次脳機能障害で色々な障害に悩んでいらっしゃるご家族はたくさんいらっしゃいます。
お父さまやお母さまが面倒を見ている方がほとんどです。しかしご両親の方が年老いて先に亡くなられます。皆さん「死ぬに死ねない」と仰います。経済的な問題だったり、障害があるから誰かに頼らないと生きていけないという現状がそういう言葉になって表れてくるのではないかと思います。それがCBDやCBNで少しでも改善されて、未来に対して悲観する言葉がご両親たちから出なくなってきたら素晴らしいなぁと思います。
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