患者の声 : 難治性前頭葉てんかん
- 患者会 カンナビノイド医療
- 2月3日
- 読了時間: 5分

M.Kobayashiさん(50代・男性)
難治性前頭葉てんかん
幼少期から難治性前頭葉てんかんと向き合い、幾度もの発作や治療、社会生活との葛藤を経験してきたM.Kobayashi さん。VNS(迷走神経刺激療法)や CBD との出会いを経て、現在の生活に至るまでを語っていただきました。
【病気と症状について】
私の病名は難治性前頭葉てんかんです。精神障害者保健福祉手帳 1 級を所持しています。
最初の大発作は 4 歳の頃でした。入眠中に強直間代発作を起こし、けいれん、意識障害、眼球上転が見られ、救急搬送されました。その後すぐにデパケンシロップの服用が始まりました。
主な発作は複雑部分発作で、意識障害や幻覚・幻聴を伴います。発作の前には必ず前兆があり、胸のあたりが気持ち悪くなり、独特の匂いを感じます。小・中学校時代は発作が頻繁で、ほとんど通学できませんでした。 周囲の友人が当たり前のように学校生活を送っている姿は、まるでスーパーマンのように感じられました。
物心ついた頃から、自分の体が思うように動かない理由が分からず、健常者の日常を想像できない苦しさを抱え、差別や偏見の中で 50 年間生きてきました。
【10 代 ― 学業への挑戦と生死の境】
大学進学への強い思いから、高校入学後は塾に通い、遅れていた学習の遅れを取り戻そうと努力しました。部活動にも挑戦し、1 年間は何とか体も持ちました。
しかし高校 2 年生の 6 月、授業中に意識が混濁し、保健室へ向かう途中で完全に意識を失い、救急搬送されました。
脳死寸前の状態で ICU に入り、医師からは「このまま意識が戻らなければ植物状態になる」と家族に告げられたそうです。奇跡的に意識は回復しましたが、一時的に家族の顔も分からず、いわゆる臨死体験を経験しました。
救急搬送先の病院で、高校時代は入院を繰り返したが原因究明には至らず、精神的症状だと診断。精神科を紹介され、精神科での脳波検査の結果、微妙な異常波形(スパイク)が確認されました。
この精神症状はてんかん発作が原因だと説明を受け治療が必要な為、主治医の先生より「非常に判別しにくいてんかんであり、早急な治療が必要だと熱心に説明して下さり、一般病棟とは若干異なり閉鎖病棟になるが入院治療しましょう」と発作の度に何度も脳波検査を繰り返しながら、高校 3 年生から 22 歳まで入退院を繰り返しました。
【20 代 ― 入退院と断薬という決断】
当時は抗てんかん薬の選択肢も少なく、デパケンやテグレトール、ベンゾジアゼピン系薬剤、睡薬、抗うつ薬を併用する日々でした。昼は強烈な眠気、夜は覚醒してしまい、普通の生活は想像できませんでした。
「このまま人生が終わってもいい」と感じ、すべての薬をやめたいと精神科の主治医に相談しました。
医師は「強い覚悟があるなら応援します。困った時はいつでも頼ってください」と背中を押してくれました。20 歳のとき、すべての薬を断薬しました。
断薬後 1〜2 年は離脱症状で苦しみましたが、2 年を過ぎた頃から驚くほど体が楽になり正社員として働けるまで回復。
体調が回復し、これまで苦手だったスポーツも楽しめるようになりました。ボウリングではスコア 200 を出せるまでになり、薬を服用していた頃がいかに辛かったかを実感しました。
【30 代 ― 社会復帰と再発】
20 代半ばから営業職に就き仕事にも慣れ、順調に昇格「仕事だけは一番になろう」と努力していた 33 歳のとき、再び発作の予兆を感じるようになります。そしてある日、自宅で大発作を起こし救急搬送されました。
13 年間の断薬生活は終わり、再びデパケンとテグレトールを服用しながら働くことになりました。
管理職として責任が増えるにつれ症状は悪化。恐怖感や叫び声などの症状を訴えると、10 代の頃と同じくうつ病と誤診されるようになりました。
40 代前後になると、仕事中の意識消失や帰宅困難、電車内で叫ぶなどの症状が続き、退職を余儀なくされました。
再度、社会復帰したい強い思いにより、必死に探して主治医であるてんかん専門医に辿り着きました。
【症状の悪化と限界】
詳しい検査の結果、CT や MRI では分からない脳機能を可視化する SPECT 検査で、脳全体が虚血状態にあることが判明しました。主治医からは「現在の医療では治癒は困難。現状維持か悪化を想定し、心穏やかに生きてください」と告げられました。
夜間の強直間代発作による失禁、骨折、激しい筋肉痛など、日常生活は過酷を極めました。
【VNS(迷走神経刺激療法)との出会い】
薬物治療が限界を迎えた頃、VNS を勧められました。装着して発作を計測すると、1 日 40 回もの発作が起きていることが分かりました。
慎重に調整を重ねた結果、発作回数は 1 日 2〜3 回まで減少。発作後の回復時間も半分程度に短縮されましたが、それでも夜間発作は続き、十分な睡眠は取れませんでした。
【CBD との出会い】
健康食品業界で働いていた経験から、代替医療として CBD に注目していました。海外での症例を知り、日本でも使える日を願っていた中で、特定臨床研究「I-CANN Japan Trial」に参加することになりました。
2025 年 4 月から CBD の服用を開始。約 3 か月後、発作回数が 1 日 1 回にまで減少し、半年以上その状態を維持できています。
【生活の変化と現在】
CBD の服用後、失禁やミオクローヌスがほぼ消失しました。日常生活の質は大きく向上し、2025 年は人生のターニングポイントになったと感じています。
現在は就労継続支援 A 型事業所で、リモート勤務をしながら無理のない範囲で働いています。
【最後に】
「病気で苦しんでいる方の役に立てれば幸いです。抗てんかん薬をできるだけ減らし、VNS と CBD で発作をコントロールしながら生きていく。それが今の目標であり、心からの願いです」
長い闘病の中で見つけた希望を、静かに、しかし力強く語ってくださいました。




コメント